お薬のこと

お薬に関するメモやクリニカル・クエスチョンを中心に載せていきます。皆様の学習のヒントになれば幸いです。

β遮断薬は禁忌だった?歴史と薬シリーズ

今日、心不全にβ遮断薬を使用することは稀ではない。

寧ろ積極的に使用してゆく。

 

そんな昔々、心不全にはβ遮断薬が禁忌だった時代があると大学の授業で聞いた。

え?それがメイン治療になるんなんて?? 一体何があったのだろうか・・・

 

それでは、タイムスリップ♪

 

遡る事60年前・・・日本では高度経済成長期に入る頃の事・・・

 

1960年代まで、心不全という病態は浮腫性疾患だ!と考えられていました。そのため浮腫み、つまり浮腫を取るのがメイン治療でした。具体的にいうと、ジギタリス製剤や利尿薬を使っていきます。

1975年に、Waagsteinらがβ遮断薬の心不全に対する有用性の論文を発表しました。(PMID:1191416)

PECOで見ていくと・・・

P:安静時頻脈のあるうっ血性心不全 N=7

E:β遮断薬+ジギタリス+利尿薬

C:ジギタリス+利尿薬

O:身体作業能力の向上、心臓の大きさ

N数はとても少ないですが、当時は重大な報告だったと思われます。しかし、β遮断薬による陰性変力作用(心筋収縮力を減らす作用)変時作用(洞房結節に作用して心拍数を減らす作用)から使用は避けられていました。

 

1980年代に入ると、心不全の病態が血行動態が本体であると再認識がなされ、心機能を上げる治療になり強心薬を使うものの、長期生命予後を悪化させる可能性が出てきました。

1990年代になると、低下した心機能によって、神経体液異常が予後を悪化させているのだと明らかになります。それに先だって1987年 にACE阻害薬であるエナラプリルを用いた試験が行われました。(PMID:2883575)(CONSENUS試験)

この影響から、1996年ACE阻害薬に上乗せをする形でβ遮断薬の試験が開始され、カルベジロールを用いた1999年 US-carvedilol (PMID:8614419)として報告されました。ACE阻害薬にカルベジロールを導入することで死亡率が約65%減少した(P<0.001)結果となっています。日本では、2004 年 MUCHA試験(PMID:14760332)という試験結果がカルベジロールの慢性心不全に対する適応承認(アーチスト®)として報告されています。

 

MUCHA試験=日本(用量:5-20㎎)とUS-carvedilol=欧米(用量:25-50㎎)で、人種差による用量の差がありました。果たしてカルベジロールを高用量にした方がいいのか、低用量にしてもいいのか決着が付いていませんでした。

そこでJ-CHF試験というものが行われました。

試験の目的:慢性心不全患者を対象として、β遮断薬カルベジロール3用量群の有効性、安全性の比較により至適用量を知り本治療法におけるテーラー・メイド治療を確立することを目的とした。

しかし、結果は論文化されず。こちらの臨床試験登録情報にも結果は記載されておりません。

https://upload.umin.ac.jp/cgi-open-bin/ctr/ctr.cgi?function=brows&action=brows&type=summary&recptno=R000000665&language=J

 

用量について動態の目線で調べてみると、カルベジロールには代謝にCYP2D6が大きく関与している。その中でもCYP2D6*10であります。欧米人はCYP2D6*10IM(PMほどではないが、代謝活性が通常より劣っている)は大きく保有していないが、アジア人ではCYP2D6*10 のIM保有者が高頻度(日本人38%,中国人 51%)に存在しています。つまり日本人は欧米人に比べてカルベジロールのCYP2D6*10による代謝が遺伝的に劣っており、未代謝物が残りやすい傾向にある。(結果的に経口クリアランスが低下=バイオアベイラビリティ(薬物の吸収指標)が増加している状態)特に日本人の心不全で経口クリアランスが低下傾向のようです。この様なことから、日本人は欧米人よりも低用量でカルベジロールの有効性が得られると考えることも出来そうです。(=忍容性が低いため5-20㎎で承認された)

 

その後カルベジロールだけでなく、メトプロロール(PMID:10376614 MERT-HF試験)やビソプロロール(PMID:10023943 CIBIS-2試験)でも心不全に対する有用性の報告がなされてきました。

画像


当初は禁忌だったのに、研究が重ねられ新たな知見が得られるとことで主要な治療にまで世界が変わるのですね。日々の研究と科学、医学の進歩はめざましいです。きっと昨日の常識は今日の非常識かもしれませんね。

 

先日の記事をちょっと変えてまとめてみました。

http://nitro89314.hatenablog.com/entry/2019/12/22/232011

 

参考資料

循環制御 第3巻 第2号(2014) 177-181

PMID:1191416 Br Heart J, 37 (10), 1022-36 Oct 1975

PMID:2883575(CONSENUS試験)N Engl J Med, 316 (23), 1429-35 1987 Jun 4

PMID:8614419(US-carvedilol 試験)N Engl J Med, 334 (21), 1349-55 1996 May 23

PMID:14760332(MUCHA試験)Am Heart J, 147 (2), 324-30

日本心不全学会 News Letter Vol.9 No1 (2005) J-CHFについて 岡本洋ら

Jpn. J. Pharm. Health Care Sci.総 説 35(5) 301 ― 315 (2009)

PMID:10376614(MERT-HF試験)Lancet, 353 (9169), 2001-7 1999 Jun 12

PMID:10023943(CIBIS-II試験)Lancet, 353 (9146), 9-13 1999 Jan 2